無事がなにより 2006(平成18)年も後わずか、また1年が過ぎ去ろうとしています。皆様にとって今年はどんな1年
でしたでしょうか。円満寺はおかげさまでなんとか無事に1年を終えようとしています。ありがたいことでございます。では良いお年を・・・。合掌
自分の心の内
お大師さまの書かれた般若心経の解説書に 「仏法はるかにあらず、心中にしてすなわち近し」
これは仏様の素晴らしい教え・救いは、はるか遠くにあるのではなく、結局、自分の心の中にあるのであって自分の一番近いところにある。という意味ですが、
私達は色々の悩み・苦しみ・不満などが起こってくると、ついついその原因を自分以外の他人・社会・環境などにするものです。
そして、自分の気を紛らわす事が多いものです。
でも、心を冷静にして自分の悩み・苦しみの原因をよく考えてみると、たとえ直接の原因は他に有ったとしても、その原因の起こってくる元は
自分にあった事に気付く事がよくあるものです。
同じものを見ても、見る人の経験や知識、性格や感情、そして能力によって判断が違ってきます。古新聞を見て、ある人はゴミと思い、
ある人は再生可能な資源と思い、又違う人は又違う考えを持つかもしれません。お大師様は次の様に書かれています。
宝石の原石が目の前にあっても、それを知らない人は、ただの石ころとしか思いません。が、原石を見分けられる人は、それを磨くことによって貴重な
宝石を手にすることが出来るものです。と。これと同じ様に、仏様の教えも自分の周りに沢山有っても、それを感じ取り見抜く事ができるのは、
その人その人自身の能力や感性によります。
仏法に限らず、素晴らしいメッセージが私達の周囲には一杯有るのでしょうが、気が付くか気が付かないかは、その人次第という事になります。
自分の考え方を進歩・深化させる事によって、今までと違うものの考え方が出きる様になってくると本物ということが出来るのでないでしょうか。
「仏法はるかにあらず、心中にしてすなわち近し」
この文章の「仏法」のところに「信心」という語を置き換えてみると、物見遊山・観光本位のお寺めぐりの多い昨今、いま一度自分の心中を覗いてみたいものです。
また、何でも他人のせいにする風潮の現在です。まずは、自分の心に眼を向けるという、そういう人がふえてくる事が、痛ましい事件が少なくなり
殺伐とした社会情勢が少しずつでも潤いゆとりのある社会にと変って行く事に繋がると思います。
最後にもう一度
「それ仏法はるかにあらず、心中にしてすなわち近し。真如(真如)ほかにあらず 身をすてていずくんかこれを求めん」
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