「偽」の文字を 鼠にかじられ 新年を(升身) 今年もいよいよ押し迫って参りました。「偽」の字で代表される様に、
今年はあまりよいイメージを残さないで終わろうとしています。毎年思う事ですが、来年は良い年であります様にと願わずにはおれません。
門松考
「門松は 冥途の旅の 一里塚 馬・かごもなく 泊まり屋もなし」
一休さん(一休禅師)の句ですが、この句を知っている人は「おやっ」と思われると思います。私もこの句を読んで、最初は下の句が「めでたくもありめでたくもなし」
というのだと思っていました。一般には、その様に伝わっていますが、「一休蜷川(にながわ)狂歌問答」という書物の中には、冒頭の句で出ているそうです。
「蜷川」とはテレビマンガで出てくる、一休さんにいつもトンチでやり込められている「蜷川さん」のことですので、冒頭の句の方が信憑性がありそうです。
さて、門松を圓満寺も阿修羅会の方々にお世話になり、立派なものを作ってもらいました。門前が引き締まる心地です。
この門松も一休さんによると、「冥途の旅の一里塚」というわけです。そして冥途の旅の道筋には、交通手段の馬もおりませんし、籠かきもいてくれません。
自分でトボトボと歩いていくしかない、その上宿屋もない、というのです。
正月早々縁起でもない歌だと思われるかも知れませんが、新しい年を迎える区切りの時期に「だからこそこの時から一日一日を大切にしよい一年を歩んでいこう」
という、一休さんからのメッセージだろうと思います。
せっかく新しく迎える「お正月」であります。お互いに「おめでとう」と新年を祝う事も大切ですが、それぞれ誰も「冥途への旅の一里塚」であります。
迎える一年が自分にとって、社会にとって、国にとって、世界にとって、良きであります様に、決意も新たにしたいものであります。合掌。
生き方語録
これは、ある雑誌の中の対談文にあった、教育者と医者の会話です。
「人は生きてきた様に死んでいくとういことです。これは私の実感です。ですから、しっかり生きてきた人はしっかり亡くなっていかれますし、
表現はおかしいけれどもベタベタ生きてきた人はベタベタ亡くなっていく、それから、周りに感謝をして生きてこられた人は、我々にも感謝をして亡くなられるし、
不平ばかり言って生きてきた人は不平ばかり言って亡くなっていくんですね。」
「確かにそれは、人間の真実を突いていると思います」
「このことは、よき死を迎える為には、よき生を生きなければいけない、ということを教えてくれていると思うのです。では、よき生というのはいったい何か。(中略)
私が感じる事は、やはり前向きな人生ということ、それから周りに感謝できるということ。その二つに集約されているような気がして仕方がないんです。」
(雑誌「致知」一月号より)なかなかいい言葉だと思って抜き書きさせていただきました。合掌。
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